このエントリーをはてなブックマークに追加LINEで送る

4.5. ROIの検討

ハッピィ・エンジニアリング表紙

 システム開発が投資である以上、ROIを定量的に見積もり、優先順位をつける必要がある。ROIは定性的なものではなく、定量的に測定されるべきものである。システム投資をいつまでに回収し、いつからがリターンになるのかの判断は必要だ。しかし現実的には、経営戦略に従い業務の全体最適を行ったうえでシステム投資計画を実施すると、その影響が多岐にわたり、個別システムの投資に対する効果が非常に見えにくくなるという問題が発生する。システム投資に関連したいくつかの書籍の中でも、「ROIを測定すべき」という掛け声はある。しかし、残念なことに、システムのROIを測定するための具体的な手法について述べられているものは見たことがない。

 

 例えば、経理システムや給与システムなどのように、単純な効率化、生産性の向上を目的としたシステムであれば、その効果を測定するのは容易である。しかし、給与計算以外の人事系システムや、SFA(Sales Force Automation:営業支援システム)、CRMなどの営業系システム、ナレッジマネジメントなどに代表される、いわゆる情報系システムの場合、販売戦略の具現化、データの分析や活用、あるいは情報の共有や再利用を目的としており、その効果測定自体が難しいといわざるを得ない。

 

 具体例を挙げて考えてみよう。例えば、会社員なら一度は会社に来た生命保険の外交員に保険を勧められたことがあるだろう。生命保険はシステムと表裏一体で販売される。年齢や性別ごとに細かく定められた保険料率、商品ごとに個別に発生する保険金や特約保険金の上限・下限、年齢により発生する加入制限などがあり、人手で保険料を算出するのは現実的ではない。つまりシステム開発がなされていなければ販売することができないタイプの商品である。

 

 生命保険は、販売のためのSFAが早くから整備された業界である。占いのソフトで見込み客の氏名と生年月日を入手したら、そのデータを利用して保険設計書を印刷し、見込み客にプレゼンテーションする。毎月の支払いも安くない商品を売り込むために、「万が一のときには、お子さんの成人までにこれだけの金額が必要です」と恐怖心をあおり、保険契約が必要だと思い込ませてしまう催眠術効果抜群のプレゼンテーション資料も、システムの中に十分すぎるほど組み込まれている。無事契約の約束ができたらSFAツールを利用して申込書印刷ができ、既契約者が解約しないように個別に訪問するためのスケジュールまで指示してくれる、優れたツールである。

 

 さて、生命保険商品が売れたということは、その生命保険会社の格づけやブランドイメージ、テレビコマーシャルのインパクト、商品の持つ魅力、同業他社の類似製品との比較、保険外交員の能力、SFAツールが営業活動に与える効果などの、総合力の反映の結果である。SFAツールがないと販売できないというのに、システムが不調で契約を逃すことがあっても、SFAツールが優れているから売り上げにつながるわけではない。さて、SFAツールのROIはどのように測定するのが正確であろうか?

 

 現実的なROI測定の考え方の中には、経営戦略に基づいた投資であれば、その戦略に対する実施活動すべてから発生した利益がその投資分を回収できていればよい、という判断もある。しかし、このように全体をまとめて十分な利益があったことを前提にすると、現業の維持のために行われるシステム投資の場合には、ROIが生まれなかったという結論になってしまうだろう。

 

 結局は、必要とされる売り上げノルマを達成するために企業が投資するコストの中から、SFAツールの開発コストや運用コストが案分されたにすぎない。また、その投資の本質的な目的は他社に負けないための当然の投資であり、システム投資系の書籍に書かれているような競争優位に立つための投資にはなり得ない現実がある。

 

 新規事業立ち上げに伴うシステム化の場合は、中・長期的な視点でビジネスが拡大されることを前提にした先行投資となる。事業が一定の規模に成長するまでの間は、さまざまな点でコストを必要とするためシステム化の初期費用のみならず、システム運用のコストを回収するタイミングは、既存の事業に対するシステム化よりも遅い。また、事業化の時点で、その事業が成功するのか、それとも失敗に終わって撤退するのか、その結果は誰にもわからない。つまり、このような新規事業に対するシステム化の投資コストの妥当性は、結果によってのみ判断可能である。システム投資の時点で、その投資の妥当性を明らかにすることができない難しさがある。

シェアしてくれると嬉しいです!
このエントリーをはてなブックマークに追加LINEで送る

4.5. ROIの検討 ハッピィ・エンジニアリング関連ページ

4.1. システム開発発生の経緯
ソフトバンククリエイティブから刊行されたハッピィ・エンジニアリングが無料で読めるサイトです。
4.2. 経営戦略
ソフトバンククリエイティブから刊行されたハッピィ・エンジニアリングが無料で読めるサイトです。
4.3. 現実路線
ソフトバンククリエイティブから刊行されたハッピィ・エンジニアリングが無料で読めるサイトです。
4.4. コスト構造の再認識
ソフトバンククリエイティブから刊行されたハッピィ・エンジニアリングが無料で読めるサイトです。
4.6. 速い、安い、うまい
ソフトバンククリエイティブから刊行されたハッピィ・エンジニアリングが無料で読めるサイトです。

ハッピィ・エンジニアリングとは? 書籍を読む プロフィール コンサルティング