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序章 明るい未来に向かって

ハッピィ・エンジニアリング表紙

 SIベンダのプロジェクトマネージャは、怒りを顔に出さないようにするだけで精いっぱいだった。出席している定例ミーティングでは、今まさに、プロジェクトを存続するかどうかの話し合いが行われている。

 

 そのプロジェクトは、誰が見てもうまくいっていないことが明らかだ。テスト工程に入ろうという時期にまだ仕様が確定しておらず、システムの動作も不安定でいつまでもバグが出続け、何よりもメンバの士気が低下してプロジェクト全体に倦んだ空気が漂っていた。

 

 ついに、ユーザ企業の上層部からプロジェクトの現状報告をしろとの至上命令が下された。状況によっては、プロジェクトは中止し、今後の関係についても考えると言われたのだ。

 

席上、案の定ユーザ企業のシステム担当者から矢のような非難を浴びせられた。

 

「いったい、このプロジェクトはいつ終わるんだ?はっきりさせろ」

 

 システム担当者も、プロジェクトが失敗すれば自分の首が危ういのだから必死になるのはわかる。しかし、あまりに一方的で都合のよい言い分に耐えかねて、プロジェクトマネージャはつい口にしてしまった。

 

「もちろんプロジェクトは終わりますよ。システムは納期どうりに納めます」

 

言ってから、しまったと思った。システム担当者は、

 

「ほう、できますか」

 

と薄笑いを浮かべた。プロジェクトメンバも驚いて自分たちの指揮官の顔を見ている。結局、システム担当者の、

 

「終わるというなら、終わるような計画を1週間以内に示してください」

 

という一言でミーティングは終わった。

 

 ミーティング後、メンバからは「いいかげんなことを言った」と責められ、上司は不機嫌に「君の責任問題だ」と言い放つ。しかし、プロジェクトマネージャにはひとつのもくろみがあった。その場しのぎで「うまくいく」と言ったわけではなかったのである。

 

 まず、上司に掛け合い、プロジェクト予算の予備費を取り崩すことを依頼した。その結果、200万円程度の予備費を獲得することができた。次に、各チームリーダを順番に呼んで、何が悪かったと思うか、それぞれの言い分をじっくり聞いた。そのうえで、ユーザ企業に出向き、システム担当者と上層部とに個別に面談し、「いまさら」と毒づかれながらも、「プロジェクトの到達目標がどこにあるのか、いま一度整理させてください」とユーザ企業側の目的や要件について、改めてヒアリングした。

 

 真っ先に反応したのが、面と向かって非難を浴びせたユーザ企業のシステム担当者だった。自分がプロジェクトの到達目標を明確に答えられなかったことを非とし、数日かけて社内のキーパーソンと話し合いをしたという。その結果リリースに必要な機能とそうでない機能の切り分けができたと言って、真っ赤な要件定義書を送ってきた。これでプロジェクトのゴールが初めて明らかになった。

 

 続いて、プロジェクトマネージャのもとに改善提案を持ってくるメンバが現れ、ほんの少しだがプロジェクトに活気が戻ってきた。

 

 管理単位と指示系統が一致するようにプロジェクト体制を大幅に入れ替えると同時に、予算配分も大きく変えた。プロジェクトは技術的な課題を多く抱えており、この解決スピードが勝負を決めることは誰の目から見ても明らかだった。プロジェクトマネージャは、予備費を使って、対象システムが利用している技術に関して専門的な知識があるコンサルタントを短期でアサインした。さらに、明確になったシステム要件にマッチするように、現状からの変更点の洗い出しと実施状況を管理するために、変更管理にも専任のチームを置いた。

 

 1週間後、ユーザ企業のシステム担当者は、細部まで一新された計画書に目を通し、

 

「なぜ、われわれは最初からこれをやらなかったのだろう」

 

とつぶやいた。そして、

 

「ひょっとすると、うまくいくかもしれませんね」

 

と笑顔になった。プロジェクトマネージャは答える。

 

「リリースは、長いシステムライフサイクルのスタートラインにすぎないのです。これからが大変ですよ」

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序文
株式会社ドリーム・アーツ取締役 吉村厚司氏による書籍ハッピィ・エンジニアリングへの序文です。
第1章 初めに
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第2章 呪われた運命からの脱却
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第3章 プロジェクトの登場人物
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第4章 ITガバナンス
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第5章 コミュニケーション
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第6章 標準化
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第7章 要件定義
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第8章 プロジェクトマネジメント
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第9章 プロジェクト計画
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第10章 スケジューリングと進捗管理
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第11章 リスク管理
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第12章 品質管理
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第13章 変更管理
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第14章 火消し
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謝辞
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